EXPONENTIAL AUDIO PHOENIXVERB リバーブ プラグイン

元Lexicon社のMichael Carnesが2012年にEXPONENTIAL AUDIO社を設立して、2012年10月にリリースしたリバーブが、このPHOENIXVERBとなる。すでに9年も経っているが、地味にバージョンアップされ続けていて、現在は2020年1月にリリースされた6.0.1が最新となっている。EXPONENTIAL AUDIO社は2019年からiZotope社の傘下に入っている。

Michael Carnesは、世界的に使われたLexicon社のリバーブアルゴリズムを作ってきた人なので、その響きはLexicon的であるが、PHOENIXVERBは、よりナチュラルな方向で調整されている。 オンマイクで録音されたアコースティック楽器にかけるのに購入。 今まで使っていたCakewalk付属のBREVERB2は無料で使えるリバーブとしてはダントツの出来だったが、PHOENIXVERBと比較すると、人工的な響きに聞こえてしまう。 まぁBREVERB2もLexiconリバーブの再現なので、PHOENIXVERBではなくて、EXPONENTIAL AUDIO R2やR4と比較すべきなのだが。

EXPONENTIAL AUDIO社からリリースしているリバーブは数種類あるが、このPHOENIXVERBはエントリーモデルとなっている。負荷は軽めなので、センドだけでなく各トラックにインサートしても使える。

参考価格 9980円(サウンドハウス)

2022年10月
買収先のiZotopeから残念なお知らせが届く。Exponential Audioの製品はStratus と Symphony以外はサポートを打ち切るという。 そしてMichael Carnesは引退してしまった。 iZotopeに買収された時点で嫌な予感がしていていたが、ついに来た。Stratus(PhoenixVerb Surround版) と Symphony(R4 Surround版)のサポートはしばらく継続されるが、開発はあり得なくなった。iZotopeには、せめて天才の作った資産を大事にしてもらいたものだ。


デジタルリバーブとコンボリューションリバーブ

現在一般的に使われているリバーブには、大きく分けて2種類ある。デジタルリバーブとコンボリューションリバーブで、いずれもデジタル技術の上に成り立っている。それ以前に使われていた物理的なリバーブ(プレート、エコーチェンバー、スプリングなど)はシミュレーションとして、これらのデジタル系リバーブに取り込まれている。

デジタルリバーブは、ディレイ回路を組み合わせたようなもので、リアルな響きに近づくようにアルゴリズムを工夫したもので、現実の響きを単純化しモデル化したもの。

一方、コンボリューションリバーブは、実空間で測定したデータを元に再現する方法で、本物そっくりの響きを得られる反面、計算コストもかかり、調整がやりにくく、基本的にプリセットを切り替えるという使い方になってしまう。

どちらもそれぞれのメリット、デメリットがあるのだが、個人的には考え方を音にできるデジタルリバーブが好き。 プリセットで、リアルを求めるよりも、好ましい響きを手作りする方が楽しい。 内部的な動作を理解してしまえば、さじ加減の調整ができるわけで、思い通りにコントロールできるメリットは計り知れない。 また音楽で使う場合、必ずしもリアルが最高という訳ではなく、デフォルメした方がよいことも多い。

PHOENIXVERBの使い方

よく整理されたプリセットが膨大にあるので、その中からチョイスすれば大抵は間に合うのだが、やはり細かな制御も把握しておきたい。 ただPHOENIXVERBは、それほど突っ込んだ設定が出来るわけではない。逆に基本的な知識があれば、すぐに使いこなせるようになっている。

またデジタルリバーブなので、実空間のシミュレーションにとどまらず、音楽の効果のために積極的に使える。DAWのオートメーションで各パラメータをいじれるので、徐々にリバーブを深めたりする動的な使い方もできる。動的に使いたい場合は、各パラメータの動きを把握しておく必要がある。

内部的には伝統的なデジタルリバーブで、初期反射と残響で構成されている。それぞれを独立して調整する仕様となっている。

下記はsnareで検索した以下のプリセットをいくつかピックアップして試したもの。スネアなどの打楽器はリバーブの様子を見るのに都合のよい音色。 はじめの音がドライだけの音で、残りはすべてミックス50%にしてある。



グロッケンのようなトランジェントがきつい金属的な音はリバーブにとっては厳しい。あえてそれで試してみた。下がドライの音。


上記にPHOENIXVERBをかけた音。



PHOENIXVERBのインターフェイスは、使用頻度で区分けされたレイアウトで、とても機能的。まずはセンターにある3つのノブが最も使用頻度の高いところ。プリセットを使う場合、主な設定は作りこまれているので、後はこの3つのノブの調整だけで、大抵の場合は満足できる状態になる。


Mix

ドライ(原音、処理前の音)とウェット(処理後の音)のミックスバランスをここで調整する。プリセットではウェット100%になっている。ひとつのトラックにかける場合は、ここでリバーブ量を決める。センドで使う場合は100%のまま使う。

Predelay(0~1000ms)

初期反射の時間設定。ドライ音に対して、どれぐらい遅れて初期反射が起きるかを設定する。0にすると、ドライ音と同時に初期反射が始まることになるので、バランスによってはアタック音が歯切れ悪くなる可能性がある。また空間が広い場合は初期反射は比較的遅めになるので、実空間のシミュレーションと、音色的なバランスを考慮して決める必要ある。 プリセットでは設定されているので、気に入らない場合だけ動かせばいい。

Reverb Time(0~249seconds)

残響部のテイルが消えるまでの時間を設定。 Rvb TailのReverb Sizeと連動して、最長タイムが変化する。 これもプリセットで設定されているので、大抵の場合はいじる必要はない。

上記の3つのノブで思うようにならない場合は、以下の左部分のパラメータに手を付けることになる。


Early Level(0FF~-69~0dB)

初期反射の音量を調整する。ドライのアタックとの相性が悪い場合などに調整する。

Reverb Level(0FF~-69~0dB)

初期反射以外の残響部分の音量を調整する。あくまでもEarly LevelとReverb Levelのバランスを整えるところなので、ドライとのバランスは上記のMixで行う。

Out Frequency(30~20000Hz)

左にある4つのフィルタ(LPF、HPF)のカットオフ周波数をここで設定する。カットの具合は視覚的に表示されるので、イメージは掴みやすいと思う。またマウスでクリックすると、以下のようにドライ音がスペクトル表示される。スペクトルはかなり粗いので、あまり参考にはならないけど。普段は無駄な負荷を減らす意味で非表示でよろしいかと思う。


フィルタ(LPF、HPF)

ウェットに対してフィルターを掛けられる。
HPF 2pole(12dB)
HPF 1pole(6dB)
LPF 2pole(12dB)
LPF 1pole(6dB)
6dBよりも12dBの方がカットオフ周波数に対して急なカーブが描ける。


T スレッショルド

スペクトルのTのマークをクリックすると以下のようなスレッショルド一覧が表示される。 これは不要な計算をさせないためのもので、 リバーブ音量がスレッショルドよりも下がると、リバーブが停止するようになっている。 デフォルトでは-108dBとなっている。 リバーブが切れるのが分かる場合はスレッショルド上げ過ぎと考えていい。


上記設定で満足できない場合は、いよいよ右側の残響と初期反射の設定をいじることになる。 残響はアタックとテイルに分けられている。

Rvb Attack

残響のアタックの設定パネルとなる。


Reverb Type

Plate:最も密度が高く着色がある。
Chamber:密度は高いが着色がない。
Hall:最も密度が低く、バックウォールの影響が少し出る。

Diffuser Size

このパラメータで空間の壁のサイズをコントロールする。 通常はLINKが最適とある。これはRvb TailのReverb Sizeと連動している。 サイズを大きくすると、不規則性が大きくなり、より拡散する方向になる。

Diffusion(0~100%)

トランジェントがその空間の壁に当たったときの拡散量を調整する。0%だと音の粒がはっきりしているが、100%にすると音の粒が細かくなる。 またReverb Typyによる差は大きく、Hallだと音の粒が、よりはっきりする傾向にある。
手順としては、Reverb TypeとDiffuser Sizeを決定後に、このパラメータで最終調整をする。

Envelope Attack(0~100)

残響部分アタックのエンベロープを調整。他パラメータとの兼ね合いもあり、いろいろ試してよいところを見つける必要がある。


Envelope Time(10~250ms)

残響部分アタックの時間を調整。アタックの立ち上がりが短ければ、小さい空間であり、ゆっくりであれば大きな空間となる。


Envelope Slope(30~20000Hz)

残響のアタック部に対してLPFの適用度を調整。赤くなるほどLPFが有効。音は空気を通過するたびに減衰し、高周波ほど、その影響を受けやすい。それを再現するパラメータ。


Rvb Tail

残響全般を設定するパネル。


Reverb Size(4~40Meters)

空間の広さに相当するパラメータ。値が大きいほど大きな空間を意味する。 同じようにReverb Timeは、残響が消えるまでの時間を調整するパラメータだが、あくまでも残響時間であって、空間の大きさではない。 Reverb Sizeを小さくして、Reverb Timeを大きくした場合は、小さい空間だが、やたら響く部屋ということになる。

Xover Frequency(20~400Hz)

リバーブは低域と中域を分けて設定されていて、その周波数を設定する。 そしてLow-Mid Balanceで、低域と中域の時間を制御。
広い空間での自然な残響は、一般的に最も低い周波数で最も長く続き、 逆に小さな残響空間では、低周波数の方が早く減衰する傾向にある。

Low-MId Balance(0(Low)~100(High))

Xover Frequencyで設定した周波数の下と上のリバーブの動作をコントロール。 センターポジションでは、ローとミッドレンジのリバーブタイムはほぼ同じ。
値が低いほど低域が有利になり、中域の残響時間が短くなる。これは自然な残響モデルとなる。
高い値を設定すると、ミッドレンジが有利になり、低域がすぐに減衰する。これは不自然ではあるが、ミックスでは都合のよい設定でもある。

Damp Frequency(30~20000Hz)

現実の世界では、様々な理由で高い周波数の方が速く減衰する。これを調整する。 設定以上の周波数がより早く減衰する。

Damping Factor(Darkest-1~9-Lightest)

Damp Frequency以上の周波数が実際にどのくらいの速さで消えていくかを制御。 中間の範囲は、通常のダンピングに近似。値が低いほど音は暗く、値が高いほど音は軽くなる。 ダンピングの値を低くすると、ビンテージ機器をシミュレートできる。

Width(Narrow - Normal - Wide)

5段階となっている。Wideすると、スペースが広くなり、Narrowにするとソースをよりタイトにフォーカスする。 制御はテールにのみ適用される。Wideはモノラルミックスした際に残響成分が失われやすいので気を付ける必要がある。

Early

初期反射のアタックの設定。基本的にはRvb Attackと同じ考え。


Early Attack(0~100)



Early Time(10~250ms)


下サンプルはスネアの音で初期反射だけのWet100%。 Early Timeを250、73、35、10msに可変させている。長いとショートディレイのようになる。短くなるとコムフィルタのようになって、音色が変化しているのが確認できる。他パラメータは、Early Attackは50、Early Slopeは20000Hz。


Early Slope(30~20000Hz)


後になるほどLPFがかかるようになる。30Hzにすると地味な初期反射になる。


Store、Reload、Compare


Store:
ユーザープリセットエリアが開き、ユーザーストアを管理することができる。 プリセットが変更されていない場合、このStoreボタンだけ表示される。

Reload:
設定を変更すると表示される。Reloadは、変更した内容をすべてキャンセルし、プリセットの設定に戻すことができる。

Compare:
設定を変更すると表示される。 プリセットと変更した内容を比較することができるボタン。 1回押すと、プラグインを元のプリセットに戻すことができ、もう1回押すと編集後に戻ることができる。

User Presets

上記のStoreをクリックすると以下の画面が開き、新たにプリセットを作ることができる。

Add Keywordは、カテゴリーとなり、自由に設定可能。何も指定しなければUserカテゴリーに保存される。また既存カテゴリーをCtrl+クリックで複数選択して、複数のカテゴリーに同じパッチを登録することも可能。
Name Presetはユーザが自由につけられるパッチ名。

Tooltips On / Off

中央上にあるボタンをOnにすると、下記のように簡易的な説明が表示される。


Favorite

膨大なプリセットから気に入ったパッチが見つかったらお気に入り登録することができる。 このボタンを押すと現在のパッチがFavoritesカテゴリに登録される。


プリセット

詳細は触れないが、以下のようにカテゴリーごとに、多くのパッチが用意されていて、名称も分かりやすく、あまり迷わないようになっている。


最後に

Michael Carnesって人は、アルゴリズムだけでもすごいのだけど、インターフェイスや、プリセットのあり方も洗練されていて感心してしまう。 リバーブを作るということは、物理的な反響を工学的にアプローチするということなんだけど、その切り分けや、手法が多すぎて、まとめるのが大変な分野。プログラミング的なテクニックだけでは不十分で、数学、物理学なども熟知している必要がある。その上で最終的には、音楽で使いやすいものであってほしいわけで、音響的というかミックス的、音楽的なセンスなども求められてしまう。かなり守備範囲が広い人でないと、こうも歴史に残るようなリバーブを生み出すことはできない。 Michael Carnesはクラシックをベースとした現代音楽の作曲家でもあるわけで大きなヒントがあるような気がする。 生楽器と、空間の響きを常に意識する必要がある音楽を作る人だからこそ、リバーブの落としどころが明確にあったのだと思う。 とにかくあらゆるバランス感覚がズバ抜けている。良いリバーブを作ることは、科学というよりも芸術に近い。