SunVox レビュー

個人的にDAW的なものはあまり必要なかったりする。 アコースティックギターとベースの録音ができればよくて、あとはドラムマシン的なものがあれば十分という感じ。 そういう意味ではAudacityで大抵は間に合うのだが、Windows10の影響で使い勝手が悪くなってしまった。 そこで、この1年ぐらいで本格的なDAWであるCakewalkを試し始めて、さすがに便利で今風だと思った。VSTiのソフトシンセも楽しいし・・・ まだあまり使っていないのだが、これからボチボチ録音をやっていこうかと思っている。

そんな中、ちょっと毛色の違うSunVoxというソフトを見つけてしまった。 今や絶滅危惧種と思われるトラッカーなのだが、ソフトモジュラーシンセがある現代的なトラッカー。というかソフトモジュラーシンセにトラッカータイプのシーケンサーが付いているという感じ。 はじめ、トラッカーなんて懐かしいなぁ~と思いつつダウンロードして、いじってみたら、いろいろ衝撃的だった。 本来、生録するタイプの人間にトラッカーは不要というか役に立たないのだが、それでも使ってみたいと思わせるほど凄かったので、ちょっと紹介しようと思う。

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トラッカー(Tracker)って何?

多くの人はトラッカーを知らないと思う。トラッカーの歴史は結構長く、1987年にCommodore社のパソコンAmiga用のゲーム音楽作成用ソフトとして、作曲家でありエンジニアでもあるKarsten Obarski氏による「Sound Tracker」が最初。 この人めちゃ若い時に開発したので、今も元気に作曲活動しているっぽい。
中身的には4トラックに、いろんなサンプリング音を時間軸上に、ずらりと配置して再生するというシンプルなもの。 ユニークなのは楽曲データの中に音源が含まれていることにある。 工夫次第で、それなりにゴージャスなサウンドを小さいデータで作成することができた。
当時、このSound Trackerは酷評されたらしい。ユーザーである音楽家には難解で、受け入れがたいものだったようだ。 マシンにやさしく、ユーザには厳しいソフトと言えると思う。 パソコンの気持ちを理解できるユーザーから見たら、結構魅力的なソフトなんだけどね。 電卓に例えると逆ポーランドぽいところがある。「ロジックはシンプルで美しいのだから、あとは使う側が慣れればいいのだよ、きっとそこに新しい世界が広がっているよ。」という感じ。

その後、やはり魅力を感じた人々の手によって、海賊版的にあちこちのプラットフォームにクローンが作られていく。1990年代のネットワークは細く、大きなファイルの伝送には無理があった。今のようにMP3などの音楽ファイルを瞬時に送ることは無理だったので、楽曲をネットで聴かせたい場合、スタンダードMIDIファイルがよく使われていた。シーケンスデータしか持っていないので、データは軽くてよいのだが、音源は各ユーザー環境に左右されて、本来とは違った再生音になったりした。まだまだオーディオデータは基本CDという感じだった。対してトラッカーの場合は、音質が変化することはなかったため、意図通りの音楽を聴かせることができた。工夫次第でデータは小さくできたので、その作り方も腕の見せ所と言える。その後MP3の登場やRealAudioなどのストリーミングによって、一気にトラッカー需要が奪われたと記憶している。
2000年はじめぐらいからSteinberg社のCubase VSTなどが人気となり、各社サポートするようになり、ソフトシンセの時代に突入していった。個人的にも、この手の開発関係の仕事をある大手としていて、VSTってどうよ?みたいな感じだったのだが、まさかその会社の傘下にSteinberg社が入るとは思わなかったよ。
2005年ぐらいには、トラッカーのことは気にもしなくなっていた。


SunVox

このソフトの作者Alexander Zolotov氏によるとSunVoxは第3世代のトラッカーという。第1世代がオリジナルのクローンであり、第2世代が機能を拡張して、ハードに依存しなくなった世代。第3世代は2000年代前後から出てきた現在に続く世代。 トラッカーの多くは、小規模もしくはオープンで開発が行われており、フリーもしくは安価に提供されている。 このSunVoxもiOSとAndroid版以外はフリーとなっている。

で、SunVoxの何が凄いのか。凄いところが山のようにあるのだが、一言でいうと思想の部分。トラッカー全体に言えることではあるが、メインストリームのDAWとは違った道で、どう距離を取るかという部分が凄い。現代を生き延びるための絶滅危惧種トラッカーの方向はいくつかある。

例えば、昔のトラッカーの復刻で、現代に蘇えらせましたよ。多少の便利機能は追加しました的な、わかりやすい方向。ユーザーは、温故知新で勉強にもなるし、懐かしがる楽しみ方もある。それはそれで有意義。

もしくは、メインストリームであるDAWに真っ向勝負みたいな、高機能化していく方向。この行きつく先にはDAWとの違いが分からなくなるような気がする。そのうち「あなたトラッカー出身だったんですか。」と言われそうだ。

SunVoxは、そのどちらでもない。とにかくミニマルで、自己完結するソフトとなっている。 現在のDAWが高機能、多機能過ぎて、習得するのにすごく時間がかかり、結局使う部分は10%にも満たなかったりする。DAWを楽器に例えるとギターにビブラート機能やスライド機能を付けていくイメージ。ユーザーからすると、それ、自分でやるからいらないよ、と言うと、正確にできますよ。と答える。確かに使ってみると素晴らしい。そうしているうちに、自分でビブラートできなくなってしまった的な・・・ 便利な反面、何かが失われていくような気がするのは気のせいだろうか・・・

一方SunVoxは必要最小限の機能を提供。その組み合わせ次第で無限の可能性があるというスタイル。 少ない機能を洗練させていく開発になっている気がする。 ギターに例えると楽器本体が与えられるだけで、バージョンアップのたびに質が高まっている。後は自分のテクニックを磨けという感じ。

抽象的な話はここまでにして、 SunVoxはマルチプラットフォームなのだが、ちょっと尋常ではない。 Win、Mac、Linuxは当たり前で、iOSとAndroidもサポート。さらになんとWindows CE、Palmまでサポート。これってあり得ないだろ?

Windows環境の場合、プログラムサイズは16MB程度で、メモリ使用率も作業にもよるけど10MB程度、CPUの使用率も極めて少ない。イメージとしてはVSTプラグイン1個分ぐらい。そして安定したキビキビした動作。洗練された無駄のないGUIは即座にやりたいことが出来るようになっている。最近見ないタイプのソフトウェアだ。しかもUIはOS依存しない独自のもの。とんでもないプログラミングスキルの高さが伺える。コンパイラーも自作かよ?というレベル。


DAWと何が違う?

DAWの多くは、MIDIシーケンサーから発展し、PCの処理能力向上と共にソフト音源が扱えるようになり、ハードディスクレコーディングも可能になり、より便利な万人受けするバーチャル録音スタジオへと発展している。
DAW上の作業としては、今では作曲からアレンジ、録音、トラックダウン、マスタリングまで行えるようになり、さらにパフォーマンス用としても使えたりもする。
重要な音質は、プロの使用に耐えられる品質を持っている。 まぁこの辺は、録音環境やらハードウェアがすごく重要なのだが、 DAWだけでも一般ユーザーがプロと同じものを使っているわけで、すごい時代になったもんだ。

一方トラッカーというかSunVoxはトラッカーである前に、ソフトモジュラーシンセである。 ということはVSTなどを使わなくても、シンセ音は自由に作り出せる。モジュラーシンセなので、その自由度はかなりのもの。アナログ的なものやFM音源もあるし、いくつか専用のオシレーターも用意されている。 またトラッカーなので当然サンプラー機能もあり、録音も可能になっている。 ただ、VSTの高性能プラグインと比較してはいけない。 ある意味限界が見えやすいので、次の作業に移行しやすく、サクサク作業が進むのだ。このスピード感がSunVoxのよいところかもしれない。細かいことよりも、全体にすぐ目が行くという良さがあるのだね。

音源まわりはDAWとの差はあまりないと言えるが、DAWは基本プラグインで、好みでいくらでも拡張できるというスタンスになっているのに対して、 SunVoxはあらかじめ必要なものを最小限用意している。そういう意味では、思想は大きく違う。

DAWとの大きな違いは、SunVoxは生録用ではないということ、無理やりサンプラーに録音することはできるが、ギターの練習でSunVoxを使っていますと言ったら、かなりの変態だ。

もう一つ大きな違いと言えるのが曲を作るためのシーケンスだろう。 DAWでは、トラック、ピアノロールとか言われている部分で、トラッカーとは文化が違うと思っている。 ピアノロールは、その名の通り鍵盤風で、直感的に音程や長さを把握できるようにしている。 一方トラッカーは訳の分からん数値が下から上へ流れていくスタイルで、一見、扱いやすいとは思えない。 DAWの機能としてはイベントリストがトラッカーに近い見た目をしているが、 トラッカーは一定スピードで流れていくので、たとえデータがなくても流れていくところが違う。 Cakewakで言うと、ドラム打ち込み用のステップシーケンサーとイベントリストと、オートメーションが数値になってスクロールされる感じ。 しかも複数トラックを同時に。これってステップ入力の場合に最も操作したい部分が、1か所にコンパクトに表現されていると思いませんか?



そしてDAWはトラック1個に対して普通ひとつの楽器となっている。昔はトラック数の限界があったので、途中で音色切り替えとかしていたけど、今どきそんなことはしないと思う。 トラッカーは同じトラックで別の音源を鳴らすのは日常茶飯事で、さらに音色やら音程をコントロールするエフェクトなども同時に扱う。昔はハードの制約上そうしていたと思うのだが、これが良い文化として現在のトラッカーにも継承されている。少ないトラックに必要な情報をぶち込めるので、何かと見通しがよいのだ。 個人的にはDAWでのオートメーションって面倒に感じていたので、トラッカーに魅力を感じたのだ。

また、このトラッカーの使用は、作曲方法にも影響を及ぼす。普通は各楽器ごとにアレンジを決めていく事が多いと思うが、 トラッカーでは、同一トラックにいろんな音色を入れることが多いので、ほぼ同時に考えることになる。これってプレーヤーではなく、作曲家か指揮者的な視点だよね。

まだお試し中だが、SunVoxを触る限り、やりたいことは大抵目の前に揃っているという印象。 DAWだと、やりたいこと実現するのに機能が多すぎて探すのに苦労するのだよ。

作者Alexander Zolotov氏の作成した音源をアップしておきます。 素晴らしいプログラマーであると同時に、素晴らしい作曲家でもあった。 やはり2つの突出した才能があってSunVoxは誕生したわけですね。 優秀なプログラマーと優秀な作曲家が組んでも、こうはならないのだ。



こういうレベルのサンプルがSunVox本体に、たくさん付属している。 SunVoxの場合、こういうサンプルは、単なるデモ音源と違って、 どうやって作っているのかが理解できて、そのプロセスまで大体わかってしまう。 ある意味、手の内が見られてしまう怖さがある。 逆に、見る側はすごく勉強になる。 つまり教材となっているのだ。 他のソフトだと、教材として解説本とか欲しい場合が多いけど、SunVoxの場合、サンプルでいいんだ・・・という驚き。 そういう意味でもよくできている。

さて、やっと具体的な使い方の紹介に入ろうと思ったが、言いたいことがありすぎて、数回に分けて記事にすることにした。ということで、つづく。